ひさしぶり
うん
元気そうだね。ところで、もうすぐ御柱祭りがあるんだ。諏訪の祭りだ。動画を撮ってきてくれないか?
へぇー。あいかわらず唐突ね。長野まで?
そう。木落しってのがあるんだ。斜面に木を落とす。なんと、その木には人が乗ってる
それ見たことあるかも。毎年ニュースでやるやつだよね
6年に1度だよ。どういう感覚で生きてるの?
はぁ?
観覧席チケットは買ってない。もう売り切れた。チケットがなければ正面からの撮影は無理だ。そこでこいつの登場だ。ネオデジ。これカメラなんだけど、動画も撮れる。かなり望遠が利く。けどその分ブレるから三脚を立てて。カメラと三脚。三種の神器を渡そう
二種だし。わたしは行くって言ってないよ
木落し以外にも行ってほしいところがある。このメモを渡す
だから行かねーつの。なんでわたしが行かなきゃいけないの?ぱしりか
人生はある意味ぱしりだ。あと、、こんなときに持ち出すのは気が引けるけど、去年そちら様のご都合で自分も大きめのぱしりをした記憶がある
やはりそれ出してきたか、、
それに、ブンコちゃんならきっと面白いことを聞き出してきてくれる気がする。だから頼んでる
わかった、じゃあ行く。いつ?
4月8日から3日間
来週じゃん。早く言ってよ。わたしにも予定があるんすけど
どこか1日だけ行ってくれればいい。忙しい?
手帳見てみないと分からない。ちょっと見てみる
ちょうど空いてるわ
3日間とも?
そうみたいね
・・・
なんで半笑いした?
祭りの男たちに惚れるなよ
惚れるかもね。このメモの「ミシャグジ」ってなによ?てか、字下手ね
自分もまだよく分からないけど、なんかすごそうなんだ
へー。なんかすごそうなんだけど、まだ分からないんだね。あほ?その霧みたいな直感だけでわたしに行ってこいってか
諏訪の地域には抜き差しならないものを感じる。御柱祭りもそうだが、それだけじゃない。あの地域全体に特別な雰囲気が漂ってる。その代表がミシャグジなんだ。よろしくお願いします。くれぐれも気をつけて
--後日--
乙女は頑張ったわよ
いいじゃん、この動画。どこから撮ったの?
自分の方法で食い込んだの。簡易トイレの裏にまわってそこから動画を撮った。そしたら簡易トイレの裏のバルブから水が溢れてきて、白人の女性の靴にかかった。アウチだって
そりゃ大変だ。ブンコちゃんは大丈夫だった?
・・・
白人が来てたの?
うん。すごい熱狂だった。柱に乗る男の人たち、かっこよかったー。柱が落ちる前にね、遠くから甲高い歌が聞こえてきたんだけど、それが男の人が歌っているのか女の人が歌っているのか分からないの。高い声で山間を響いてくるの。今まで聞いたことがないような声。そもそも人の声なのかもよく分からない。動物に鳴かせてたんじゃないかとさえ思ったわ。この日のために飼っておいて、鳴き方練習させておいて鳴かせてるっていう、鹿かカモシカに
きっと祭りの雰囲気を出すための歌だと思うの
その声は切ない。でも力強い。あれは一度聞いてしまうと、ずっと覚えてる
あんなに恐れ多くできるものなんだなあって思った。あんなのほんとに聞いたことない
近くにはっぴ着た関係者っぽい人がいたから、この声はなんですか?って訊いたわ、わたし。そしたらキヤリだって。わたしにはそう聞こえた。キアリって言ったのかもしれない。忘れないようにキアヌリーブスで覚えた。ヌを抜いてキアリ
めちゃ語るじゃん
そうでもないわ。メモ通りこなしたわよ。ところで、御柱は坂を落ちたあと、どこに行くでしょうか?
諏訪大社。各神社に四本ずつ拝殿を囲んで四隅に建てられる
知ってるのね。御柱祭りって要はおんばしらを神社へ運んで建てるのよね。春宮に行ったら、ちゃんと6年前の柱が立ててあったわ。木落しの場所ではあんなに熱狂して人が集まっているのに、春宮は静寂に包まれてた。こんな感じだった
なにこれ?写真?動画?
シネマグラフってやつよ!
すごいじゃん。ブンコちゃん、こんな編集できるんだね?
フォトショップでね。いちおウェブデザイナーの端くれよ
春宮ではミシャグジのこと聞き忘れた。でも秋宮ではちゃんと聞いたよ
秋宮にも行ったんだね。それで?
すごい丁寧に答えてくれた。でもね、要は、もう分からないってことだったよ。だれもあまりもう分からないんだって。今でもミシャグジが祭られてて、一年神主というのがあって、今年も近くの地区10区分から1つ選ばれて一年神主を担当することになる。その区分の周りをミシャグジ神でしめる。ひもろぎって言ってたかな。それを置くんだって。そういうことはいまも続いるの。だけど、なぜそれをするのかとか、昔はどんなふうに一年神主をやってたかってのはもうだれもわからないんだって。明治で一度途絶えちゃったんだって
途絶えた?
ミシャグジ信仰はすべてくでんで伝えられていたからなんだって。口伝って書くんだよ。紙に書いて教えてくれた。じんちょうかんというミシャグジの神事を担当する人が昔から代々いたんだけど、その人しか知らないことがあって、それはそのじんちょうかんっていう人が変わるときに口で伝えられる。でもそれが明治時代に途絶えたから、それまでの長い期間、どんなことが受け継がれたかは、いまはもうだれもわからないんだって。で、その長い期間ってのが、いったいどれくらい長かったのかも分からないんだって。なんだか分かんないことだらけなんだなーってかんじ
ブンコちゃん、すごいよ。よくそんなこと聞いてきてくれたね
ブンコって呼ぶんじゃねーよ!ハゲ。さっきからちょくちょく呼んでるだろ。ちゃんとあやこちゃんって呼べ!
ごめん・・・ミシャグジのウィキペディアにこんなことが書いてあるよ。“この神を祀っていた神社では、神官に憑依して宣託を下す神とされた。また1年毎に八歳の男児が神を降ろす神官に選ばれ、任期を終えた神官が次の神官が決まると同時に人身御供として殺されるという一年神主の伝承も残る[13][11]”。13 『悪魔事典』184-185、282-283頁11 『神道の本』85頁
こわ!これ、ほんとうなの?
ほんとのところは分からないけど、この文献は適切じゃなかった。引用の13と11。これを実際に買って読んでみただけど、学術的根拠は示されていないという印象を受けた。ウィキに書いてあるからって信用しちゃだめだね。どうやらある時点で誤訳されてそれがおおげさになったみたいだね
よかった。そんなの、かわいそすぎるもん
だけどね、これだけミシャグジ信仰のことがわからないことだらけの中で、さっき言ってた、担当の区の周りにひもろぎを置くってのはすごいリアリティーがあるよ。御柱も社殿の周りの四隅に立てるでしょ。なにかを建てて場所を区切るっていうのは太古のしきたりに符号する。昔は結界っていって、こちら側と向こう側の境目をすごく重視したんだ。そもそもあの坂を落とす御柱自体もミシャグジの依り代だっていう人もいる
依り代って?
ご神体?ちょっと違うかもしれないけど
へえ。てか、ミシャグジって結局なんなんだろね?
わからないけど、縄文時代から続く土着の信仰っぽい。こんなのが今に続いてること自体、世界的に見ても異例なことなんだよ。世界遺産でもまだ足りないと思う。すご過ぎて誰も理解できてないって状況だから
だれも分からないのに、なんであなたにはすごいって分かるの?
直感かな。よく分からないけど、直感ですごいって言ってる。その直感が正しいってことも直感で分かる
ばか?
恋する気持ちを説明なんてできないだろ?
きも!
地元に住んでる諏訪の人たちでさえ、もうそれがなんなのか分からなくなってる。ほら、ウィキペディアにミシャグジの異名が書いてあるよ。ミシャグチ、オシャモジ、シャクジ、サクジ、シャクチ、サクチ、サグチ、サクジン、オサクジン、オシャグチ、オミシャグチ、サゴジン、ミシャクジ、ミシャグヂ、ミシャグジン、シャゴジ、オシャゴジ、オシャグジ、サグジ
眠くなるわ!
ひとつの言葉についてこれだけの異名があるのも異様だよ
しつこいな
あんな大きな柱をわざわざ建てるのって、じつは日本中にあるんだよ。知ってた?
知らなーい
三内丸山をしってる?
知らない。てか、もういいや。また今度聞くね。わたしもう帰る
そうなの?
もうあずさに乗らないと
もうそんな時間か。駅まで送るよ
駅なんてすぐそこじゃん。東京まで送れよ
それは厳しいな