上口珠枝さんは、山梨県富士河口湖町で活動されている作家さんです。富士山のすそ野に『陶工房ゆんに』を構え、コーヒーカップや茶碗、お皿、中鉢、花瓶などの作品を制作しています。
制作についてはろくろ、タタラ技法、手びねり、練り込み技法など幅広いものになります。
練り込みとは、あらかじめ違う色の土(粘土)を重ね合わせて模様を作り出す技法。織物で例えるなら、プリントでも後染めでもなく「先染め」。創り出される模様の原理はちょうどジャガード織りと似ています。市松模様やストライプ、渦巻き、幾何学模様など、絵付けでは表現できない模様を生み出すことができますが、それは作家の感性が試されることも意味します。
上口さんが創られる作品には、コントラストがはっきりした鮮やかなもの、パステルカラーを主体とした軽やかなもの、同系色でわずかに色味を変え光り加減で多様に模様が現れるシックなものなどがあります。模様は市松、ストライプなどがありますが、なかには見たこともないような模様も。
何気なく重ねられた小皿。そこにはいったいどんな模様が隠れているのでしょうか。
思わず手にとり、その一枚一枚の模様や形を確認せずにはいられなくなったのは私側の気持ちにすぎませんが、そのワクワク感は他ではないここで生み出された逸品の証し。
練り込み以外にもさまざまな作品づくりに取り組まれています。
白、黒、グレーを基調とした作品。マットでふわっとした色合いが上品な印象を与え、シンプルでいて洗練されていて、控えめに見えて際立っています。いかにも作り手の素朴で柔らかな人柄が伝わってくるようです。
しかしふと、「切迫」と凪のような「静けさ」を感じたのもほんとう。『まだ作りたいものがいろいろあって』という何気ないお言葉に、その秘めている想像の規模を私だけが垣間見たような気持ちになりました。
夜空を見上げれば月光があり、その先に銀河が広がる。銀河は遠いようで近い、というよりも自分はその銀河の中に含まれている。上口さんと話していて、そんな回帰の感覚を得たのを覚えています。「形を生む」とはいったいどういう作業なのでしょうか。それは時間をまたぐことと関係があるのかもしれません。
「ゆんに」とはアイヌ語で「温泉のあるところ」という意味。北海道夕張郡由仁(ゆに)町で生まれ育った上口珠枝さんは、自らの工房名に故郷の地名の由来を付けました。南北に連なる夕張連峰と馬追丘陵に抱かれたこの町は、北海道らしい美しく広大な平野が広がりアイヌの記憶と文化を残す地。
そんな「北海道の原風景の記憶」と現在の「富士山を間近で望む山梨での暮らし」が作品作りに少なからずインスピレーションを与えていそう。
『なにってこだわっているわけじゃなくて、日常使いできる陶器を作っています。食卓の雰囲気が変わったり、これを置いたらちょっと楽しいなって気分が変わるといいなと思って作っています。最近は、家に置いていて重ねやすい、扱いやすいなど、使いやすさも意識するようになりました。作ってて楽しいものは使う人も楽しい、使ってくれる方も同じような気持ちを共有してくれる、と感じています』
陶工房ゆんに 上口珠枝さんより
暮らしに馴染み・普段使いに勝手よく・あると暮らしが豊かになる・楽しくなる器。陶器は食材をきれいに盛り付けるためのものであり、楽しい気分にしてくれるもの、便利に重ねて整理するもの。
「用の美」を求めてくださる方にとっては、生活の中に存在感があり、楽しくて華やかな日常を演出してくれるこの作品たちはおすすめです。